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パーキンソン病はこわくない

若年性パーキンソン病に罹患した筆者が綴る悲喜交々

ドパミン神経前駆細胞を高効率で濃縮、パーキンソン病への細胞移植技術開発へ-CiRA 

 (Q-life Pro 2016.10.18掲載)

均一な細胞集団を得る手法のひとつ、セルソーティング

京都大学iPS細胞研究所()は10月14日、CiRA臨床応用研究部門の佐俣文平特定研究員および髙橋淳教授らの研究グループが、株式会社カン研究所と行った共同研究により、ヒト多能性幹細胞由来のドパミン神経前駆細胞を高効率で濃縮する手法を開発したと発表した。同研究成果は、英科学誌「Nature Communications」に同日付けでオンライン公開されている。


画像はリリースより

パーキンソン病は、中脳黒質にあるドパミン神経細胞が進行性に変性脱落することによって生じる神経変性疾患。根本的な原因は脳内のドパミン神経細胞の減少であり、その補充を目的とした細胞移植治療に期待が寄せられている。ヒト多能性幹細胞は高い増殖性と、体のあらゆる細胞に変化(分化)できる多能性を有することから、細胞移植治療の材料として注目されているが、分化誘導後の細胞には増殖性を示す細胞など目的以外の細胞が混在していることがあり、安全性と有効性の観点からこれらの細胞を移植する前に取り除く必要がある。

セルソーターは、細胞の散乱光や蛍光の情報を基に、目的の細胞集団を生きた状態のまま選別できる装置。特定の細胞に発現する表面抗原に対して、予め蛍光を付加した標識抗体を結合させることで、その蛍光の強度を指標にして細胞を選別することができる。これまでにドパミン神経前駆細胞に発現する細胞表面抗原としてCORINやALCAMが報告されているが、いずれの抗原も中脳腹側以外にも発現していることから、より特異的に中脳腹側細胞を見分けることのできるマーカーの同定が望まれていた。

選別後の細胞、モデル動物へ安全かつ効率的な移植が可能

神経上皮から発生する底板細胞からは神経細胞は生じないが、中脳の底板細胞に限ってはドパミン神経細胞への分化能を有することがわかっている。そこで今回の研究では、中脳底板細胞に特異的に発現する細胞表面抗原を同定することによって、ドパミン神経前駆細胞の濃縮を試みたという。

同研究グループは、中脳腹側に存在するドパミン神経前駆細胞の特異的マーカー(目印)を同定するために、中脳腹側細胞の遺伝子の発現を調べることで、新しい細胞表面抗原としてLRTM1を同定。抗LRTM1抗体を用いた細胞選別を行うことにより、ヒト多能性幹細胞から分化させた細胞集団のうち、目的のドパミン神経前駆細胞の割合を80%以上に高めることに成功した。

さらに、選別後の細胞をパーキンソン病モデル動物に移植することによって、安全かつ効率的なドパミン神経細胞の移植が可能であることを明らかにしたという。これらの成果によって、パーキンソン病に対する細胞移植治療技術開発の促進が期待されると、研究グループは述べている。

www.qlifepro.com/news/20161018/concentrated-dopamine-neural-progenitor-cells-with-high-efficiency.html

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細胞リサイクルの仕組み解明でノーベル医学生理学賞 日本の大隅良典・東工大栄誉教授 

 (BBS NEWS 2016.10.4掲載)


今年のノーベル医学生理学賞が3日、東京工業大栄誉教授の大隅良典氏に決まった。細胞が不要物のリサイクルによって健康を維持する仕組みを明らかにした。

大隅教授は、「オートファジー」と呼ばれる「自食作用」を制御する複数の遺伝子を発見。こうした遺伝子に問題が起きると病気につながるため、大隅氏の研究によって、がんからパーキンソン病に至る様々な病気の仕組みの理解が深まることになる。

「自食」

体が自分の細胞を自ら破壊する。これは良いことには思えないかもしれないが、「オートファジー」は体が生存のために使う自然の防衛機能だ。

「オートファジー」の仕組みによって、体は飢餓状態に対応できるし、たとえば細菌やウイルスの侵入にも対抗できる。

また古い老廃物を廃棄することで、新しい細胞の誕生が可能になる。

「オートファジー」が機能しなくなると、認知症など高齢化に伴う様々な疾患につながる。

がんをはじめとする複数の病気について、「オートファジー」機能に直接働きかける薬の研究開発が進んでいる。

「オートファジー」の概念は50年以上前から知られていたが、理解が一気に前進したのは、大隅氏が1980年代や90年代に酵母の細胞で研究と実験を始めたのがきっかけだった。

大隅教授は、ノーベル賞受賞に驚きつつも「研究者としてこの上なく光栄なこと」と喜んでいるという。

NHKに対して大隅氏は、「私たちの体の中では、たんぱく質が作られている分、たんぱく質が壊れています。このことから私は、細胞の中で『たんぱく質が自分自身を食べて、分解するという現象』に注目しました」と話し、「自食」の繰り返しが生命現象の根幹だと説明している。

「オートファジー」に詳しい英ケンブリッジ大学のデイビッド・ルービンスタイン教授は、大隅博士の重要な研究成果が認められ、賞に選ばれたのはとても嬉しいと話した。

「酵母を使った先駆的な研究が、オートファジーの鍵となる遺伝子や基本的な生化学作用の発見につながった。オートファジーは酵母から人間に至るまで、続いている。大隅教授の実験成果のおかげで、多様な生理作用や疾病においてオートファジーが果たす重要な役割を、各地の実験室が確認できるようになった」

「様々な感染症やがんのほか、ハンチントン病や一部のパーキンソン病など様々な神経変性疾患にも、オートファジーは関わっている。中には、オートファジー操作が治療の鍵となり得る病気もある」

スウェーデンのカロリンスカ医科大で発表されたノーベル医学生理学賞には、270人以上の研究者が候補となっていた。受賞者には賞金800万スウェーデンクローナ(約9400万円)が贈られる。

www.bbc.com/japanese/37548610

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もうひとりの主治医 -優しきProfessionalに敬意と感謝を込めて- 

さて、術前・術中・術後の三部作でDBS手術について記事にしてきましたが、手術が終わったら次にイの一番で書こうと思っていたことがありまして。
入院中は手術(脳外科)、刺激調整(神経内科)と2科にまたがりそれぞれに主治医がいるのですが術前術後を通じてこれ以外に運動機能を評価する目的でリハビリ(理学療法)が入ってきます。要は術前の状態と術後の状態を比較してどの程度の改善があったのかを評価すると同時に退院後も必要(有効)となるリハビリメニューの策定をするんですね。

で、書きたかったのはこのリハビリを担当してくださった療法士の先生で。
大体昔から私、この手の「引き」は弱く、いかつい男の先生とか、ちょっと残念な感じのおばちゃんとかが多いのですが、今回は小柄で美人の女性でして(^^;、内心Lucky‼!とほくそ笑んでみたんですが・・・喜びもつかの間でして・・・(>_<)

もね!!
サディスト!!
(冗談です)


私のリハビリ、というかパーキンソン病患者特有の問題として極端な前傾姿勢を継続することによる適正な姿勢の維持、歩行の安定が難しいというのがあります。
おそらくは私に限らずパーキンソン病患者のリハビリメニューというのはこの点を改善するのが最優先課題となってくるのではないかと思います。
特に入院期間が長期になるような患者でない限り、リハビリでやれるこというのはかなり限られた項目になると思うので、このわずかな時間の中で効果的なリハビリを行うためには、初期の段階で患者の体の状態をできるだけ正確に把握し、それぞれの状態に適したメニューを策定しなければならないはず。おそらく無尽蔵に時間があるのであればそれなりに緩いメニューでちんたらやれるんでしょうが、こうした事情を前提とすると「やれるならやれるなりにもっとやる」的なスタンスにならざるを得ず。

いやいや、きついかったです(笑)
当たり前といえば当たり前なのですが、「あーそこは引っ張って欲しくないなぁ」とか「あ~そっち側に曲げられるとつらいんだけどなぁ」ということだけしてきます(笑)
見事ですよ、マジで!!
人が嫌がることだけしかしないんです(笑)
でも、間違いなくそこが悪いんです。
そこを伸ばさない限り正しい状態には戻らないし、そこが真っ直ぐにならない限りちゃんと歩けないんです。


凄いですよね!!
レントゲン写真とかMRIの写真見せた訳じゃないんですよ。
歩いてるのを、座ってるのを、立ってるのを、
見ただけです。

小さな病院じゃありませんので、おそらく1人が担当する人数もかなりの人数になるであろうことはバタバタとせわしなく走り回る様子を見ていれば容易に察しはつきますし、そんな中にあっても極めて直線的に私の体をゴールに持っていくスキル。

ここにもDoctorではないProfessionalな私の主治医がいたんです。

術後の評価を終えて明日退院となりますが、手書きで作成していただいた「宿題」は感動ものですのでブログにアップしちゃいます(OK頂いてますので)

本当にありがとうございました<(_ _)>
まだまだ外来でくることがありますので、その時は背筋を伸ばして元気に歩く姿が見せられるように頑張りますので。
もう触らないでください(笑)
99.99Mbps


リハビリメニュー1リハビリメニュー2リハビリメニュー3

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若年性パーキンソン病告白の社長×ノンフィクション作家「乗り越えられない試練はない」 

 (PRESIDENT on-line 2016.9.14)※←管理人99.99Mbps46回目の誕生日です(どーでもいいってか!)

「俺は何が起きようと屈しない」。飲食業界の第一線を走るダイヤモンドダイニング社長、松村厚久さんを追った本『熱狂宣言』。彼の困難を見守り、共有してきたノンフィクション作家、小松成美さんとの対談が実現した。


「絶対に諦めない」病気も仕事も常に「熱狂」
【松村】若年性パーキンソン病を告白したことで、僕の困難はそこに注目されがちですが、2008年に発病する以前から、日々困難にぶつかっていました。父親の残した巨額の借金を背負いそうになったり、店のオープン直前にシェフが消息を絶ったり。1億円をかけた大プロジェクトの最中に突然、銀行から融資中止の連絡が入ったり……もう、数えきれません(笑)。
【小松】いくつもの銀行を走り回って頭を下げ、倒産を回避されたんですよね。
【松村】そう、社員が路頭に迷うことを考えると、恥ずかしいとか、みっともないとか言ってられないですからね。
【小松】松村社長を見ていると、立ち止まって悩むなんて、贅沢かもしれないと思ってしまいます。
【松村】諦める選択肢がないというか、やるしかない。何度もピンチになりながらも、やってこられたのは、多くの人に助けてもらったからですね。
【小松】取材をしていく中で、ダイヤモンドダイニングがすごい会社だなと確信したのは、会社内にある信頼関係や、失敗をどうリカバリーするかというエネルギーの存在なんですよ。以前、松村社長の秘書の堀さんが私に講演会の日程を間違えて伝えたことがあったのです。私は、慌てて堀さんが社長に怒られないようにと、スケジュールを調整して、彼女に「調整しましたからね。社長には言わなくても大丈夫ですよ!」と告げたんです。ところが、堀さんは私より先に、社長に自分のミスを伝えていた。さらにそのときの松村社長の対応が「え! まさか!」と一言言っただけだったっていう(笑)。松村社長と社員の方々との緊密な心の距離感を見た瞬間でした。
【松村】やっちゃったものはしょうがないから(笑)。あと、僕のポリシーとして、女性は絶対怒らないので。
【小松】男性社員には怒りますがそれも本人のため、お客様のためという信念がある。怒るときも、もてなしができていなかったなど、自分のためではなく、誰かのため。そういう社長だからこそ、難病を発症した後も誰も何も聞かずに、ただ、松村社長を信じてその背中を見失うことがない。そんな人と人との結束がダイヤモンドダイニングのポテンシャルだと思いました。
【松村】僕は、ただ、役割として社長をやっているだけ。社員に、助けられていることばかりですよ。
【小松】松村社長がパーキンソン病と闘い始めてから、2015年に周囲にその異変が知れるまで、時間がありましたよね。その間に、築いてきたものは絆だと思うんですよ。病気の告白にも誰一人、驚かなかったし、何も変わらなかった。異変が起きていることには誰もが気づいていたと思いますが、社長が言わないから聞かない。「社長は社長だから」という思いが、社員全員にあった。その思いの丈に深く感銘を受けました。
【松村】心配はかけていたと思います。だけど、僕が出す難題に見事に応じてみせる社員たちの姿に、僕は励まされました。だから、孤独だと思ったことは一度もないんです。もちろん、病気を受け入れられずに悩んだ時期もありましたが、それ以上に「社員たちの頑張りに応えられなくて、何が社長だよ」と。僕が、パーキンソン病になったことにも、きっと理由があるとも思いました。なぜなら僕しかなっていないのだから。病気の辛さを知ることでしかできなかったことがあるのかもしれない。実際、体は不自由ですが頭はどんどんクリアになっていきます。体が動かない分、五感が冴えわたって次へ、次へ、と考える。前進しかないんです。困難を乗り越えるために必要なことはただ1つだけ。絶対に諦めないこと。


本の力を信じているだから、小松さんに頼んだ
【松村】小松さんの著書、中田英寿さんの『鼓動』は僕にとってバイブルのような存在でした。当時は、飲食店を展開する前で、日焼けサロンを経営していたのですが、その頃から「いつか、小松さんに書いてもらえるようになりたい!」と思うように。そこから11年が経って、2011年に、知人の紹介でお会いさせていただいて。
【小松】そうでしたよね。そのときに「小松さんか、村上龍さんに書いてもらいたい」っておっしゃってくださっていて、最初はてっきり作家への社交辞令だと思って「ありがとうございます、光栄です」と答えたんですけど、その後に何度も何度も「本当です」と言ってくださって。
【松村】14年に、パーキンソン病であることを小松さんにお伝えして「すべてを本で書いてほしい」って正式にお願いしたんです。
【小松】それを、幻冬舎の社長の見城徹さんに話したんですよね。見城さんから「本当に書くんだな」と念を押されながらも「お前にしか書けない。お前が書かなかったら松村は絶望するぞ」と言われ、覚悟を決めました。実際、この本を出すことは本当に怖かった。書籍はテレビのような即効性のあるメディアではないけれど、伝える力はもっと強いし深いと信じていましたから、松村社長や会社がダメージを受けないかと、不安でした。
【松村】それは僕もそう。本には力があるって信じていました。だからこそ、「この人に書いてもらいたい。この人でなくては」って思いました。
【小松】私に会う前の著作を読んで選んでくださったことが本当にうれしかった。しかし、原稿を書き続けるうちに恐れは打ち消せないまでになり、ダイヤモンドダイニングが、東証一部上場を果たした頃からは体が震えるほどでした。もし、この本が出ることで株が暴落したら、松村社長へのバッシングがあったら、と。
【松村】覚悟のうえでしたし、社員も理解してくれていました。真実だから、怖くはありませんでしたね。小松さんに書いていただけることがうれしかった。だから、本が出たときは、それこそ「熱狂」しましたよ。
【小松】できあがった『熱狂宣言』に大きな反響があり、やっぱり書いてよかったと思いました。読者は賢明で、圧倒的に松村社長を応援し、まっすぐ見つめる方たちが大勢いました。私はいつも自分の書籍で、その時代に生まれた意志・スピリットを書きたいと思っています。これまで書いてきた中田英寿さんにしろ、イチローさんにしろ、YOSHIKIさんにしろ、もちろん松村社長も、その挑戦の一つ一つのエピソードで見ると挫折の連続なんです。皆、壮絶な傷を負っているんですが、彼らが鮮やかに世界を変えたとき、その困難の歴史こそ、実は面白い読み物になっていて、人の心をつかみます。松村社長は今、誰よりも読者の心を惹きつけています。


窮地から救ってくれるのは決断と人とのつながり
【小松】私の取材の根本にあるのは、自分自身の体験です。私が放送局に勤めていた頃は、女性がクリスマスケーキに例えられるような時代でした。24歳が売り時、25歳がギリギリで、26歳だとタダでも売れないと。20代半ばになると、上司からも「結婚しないの?」と言われる。そんな中、自分の表現を求めてさまよって、考えすぎて病気になって、救急車で運ばれて……そこで転職する決意をしたんです。困難にぶつかったとき、自分を変えるのは自分自身の決断でしかないと気づいたんです。誰も代わってくれない。松村社長もそうだと思いますが、代替えのある人生なんてありえないんです。
【松村】困難や憂鬱(ゆううつ)なことって仕事をしていたら必ずありますよね。幻冬舎の見城徹社長は、朝起きて憂鬱に感じることが3つないってことは、仕事をしてないってことだ、とおっしゃっていました。乗り越えるべき壁があるから、燃えて仕事に打ち込める。私もその通りだと思います。
【小松】そう、困難があるからこそ燃えるんですよね(笑)。これまでの経験から、私自身の中に思考のシナプスができたんだと思うんですけど、困難になると、どうやってリカバリーしようって集中して、考えて、行動して。それが好き。
【松村】乗り越えた先の誰かの喜ぶ顔や達成感を知ってしまうと、進むしかなくなります。
【小松】外食業界の困難といえば、11年3月11日の東日本大震災でした。飲食店がバタバタとつぶれていっている中で、松村社長は一度しか会ったことがない経営者にも電話をして、「大丈夫ですか」と声をかけ、危機を乗り越える術を伝えていたとのこと。それまで飲食業界って、横のつながりがほとんどなかったそうですね。
【松村】僕が同業者と仲良くしていたら、いつしか、部下たちも部署ごとに他社とつながって、情報交換をするようになっていて。それはうれしいことです。
【小松】これだけ成功されていても、松村社長は「まだまだ」ってお気持ちですよね。
【松村】そうですね。外食産業には、300億円限界説というのがあるんです。売り上げが300億円に達したところで成長が止まってしまうという。実際ダイヤモンドダイニングも、300億円が見えてきたとき失速感を覚えました。そんなとき、的確なアドバイスをくれたのは外食産業の重鎮や、長く僕を支えてくれていた社員でした。彼らのためにも、僕はもっと熱狂して、越えていかなくてはならない。失敗しても、財産がなくなるだけで死ぬわけではないんだから、また、新しい挑戦をはじめればいいんです。




ダイヤモンドダイニング代表取締役社長 松村厚久
高知県出身。1989年日拓エンタープライズに入社。独立後、2001年飲食1号店をオープンし、10年に100業態100店舗を達成。海外飲食やアミューズメント施設の運営、海外ウエディングなど事業を拡大。15年7月に、東京証券取引所市場第一部上場。


ノンフィクション作家 小松成美
横浜市生まれ。広告代理店や放送局勤務等を経て1989年より執筆活動を開始。人物ルポ、スポーツノンフィクション、インタビュー等の作品を発表。『中田英寿 鼓動』『五郎丸日記』など著書多数。最新刊は、GReeeeNを描いた青春小説『それってキセキ GReeeeNの物語』。



<president.jp/articles/-/20158>

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認知症・パーキンソン症候群臨床と画像との対応 MRI・SPECTを中心に 

 (DMM.com 2016.9.16発売)

こんなもん素人が見てわかるんでしょーか??? 99.99Mbps

<www.dmm.com/mono/book/-/detail/=/cid=bkt33499915/>

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アジア初の世界パーキンソン病学会が 2019 年に京都で開催決定! 

 (日本政府観光局 2016.9.8プレスリリース)


<www.jnto.go.jp/jpn/news/press_releases/pdf/20160908.pdf>

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アッヴィ 進行期パーキンソン病治療薬デュオドーパを新発売 

 (ミクスon-line 2016.09.02掲載)

アッヴィ合同会社は9月1日、進行性パーキンソン病治療薬デュオドーパ配合経腸用液(一般名:レボドパ、カルビドパ水和物)を同日に新発売したと発表した。コンピュータ制御式携行輸液ポンプを用いて、胃ろうから有効成分を空腸内に直接持続注入する。
1日の最大投与時間は16時間。これにより血漿中のレボドパ濃度を至適治療濃度域に安定させ、既存治療薬で制御が難しかった運動症状を伴う日内変動を制御する。胃ろう造設の前に専用チューブを用いて同剤を経鼻的に空腸投与することで効果を確認できる。
パーキンソン病が進行すると、wearing-offと呼ばれるオフ状態とオン状態が交互に出現するようになり、オフ状態ではより動きが緩慢になり、より強いこわばりがみられ、動作が困難になる。同剤の投与によってこのオフ時間を減少させることが期待できるとしている。

同剤の効能・効果などは以下の通り。
薬効分類:116 抗パーキンソン剤(内用薬)
効能・効果:「レボドパ含有製剤を含む既存薬物療法で十分な効果が得られないパーキンソン病の症状の日内変動(wearing-off現象)の改善」
薬価:100mL1カセット 1万5004.30円

www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/54554/Default.aspx

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大日本住友製薬、米子会社がパーキンソン病治療剤の創薬ベンチャーを買収 

 (財形新聞 2016.09.01掲載)

大日本住友製薬は1日、米国子会社サノビオン・ファーマシューティカルズ・インクが、カナダの創薬ベンチャー、シナプサス・セラピューティクス(CynapsusTherapeutics Inc.)の株式100%を6億2,400万ドル(約643)億円で取得し、完全子会社化することで合意したと発表した。買収によって、サノビオン社が注力する精神神経領域のパイプライン(新薬候補)を強化する狙い。
 大日本住友製薬によると、シナプサス社は、中枢神経領域の医薬品開発に特化したベンチャー企業で、パーキンソン病治療剤「APL-130277」を開発中。APL-130277は、舌下投与のフィルム製剤で、パーキンソン病のオフ症状(治療薬の効果が切れた時に現れる筋肉の硬直やふるえ)を一時的に改善するレスキュー薬として米国で唯一承認されているアポモルヒネ塩酸塩を有効成分として含有する。シナプサス社は資本金が1億2,000万ドル(約123億円)、2015年12月期の営業利益は4,030万ドル(約41億円)の赤字。
 サノビオン社は精神神経領域をフランチャイズの一つとして注力しており、非定型抗精神病薬「ラツーダ」と抗てんかん剤「アプティオム」を販売している。シナプサス社の買収によって、同領域での有力なパイプライン(新薬候補)を獲得し、2019年に独占販売期間が満了する「ラツーダ」の減収の一部を補うことを期待しているという。

 今回の買収は、2016年12月末までに完了する見込み。


www.zaikei.co.jp/article/20160901/324917.html





category: 【報道・記事】

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2016/09以降の記事になります・・・ 

ホントスミマセン・・・

さぼりすぎましたが復習がてらということで(^^;(^^;(^^;
99.99Mbps

category: 【筆者雑感】

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Ⅲ 術後 

さて、それでは術後今日までの経過を簡単に。

10日金曜日に手術を行いその晩は絶対安静で起き上がることも許されませんというところまでが前回までの記事で書いたところまでです。
翌朝11日にCTを撮り問題ない事が確認されると起き上がっていいですよということになり、食事も普通にできるようになります。

この後は3日ほど抗生剤の点滴が残りますが、それ以外で何かに繋がれることはありませんので術後はホント数日で普段通りと思ってもらって大丈夫です。
ここから先は刺激の調整と薬の減量をしていくのですが、ここで2つほど。

まず、術後すぐには刺激を入れません。
理由は術後の脳というのは異物が脳内に入った影響で腫れている状態らしく、電極が入ったことによる刺激だけですでに動きが改善してしまうのが通常らしいのです。なので、この術後の腫れに伴う影響がある程度落ちつくまでは刺激を入れられないんですね。入れてしまうと刺激が強すぎてしまいますので。

それともうひとつは、刺激を開始しても一気に刺激を上げて薬を減らすようなことはしません。当然ですが急激な薬の減量は様々な副作用がありますので。
まずは微弱な電圧をかけて様子を見ながら徐々に電圧を上げて薬を減らしていきます。
ここがDBS手術で一番時間がかかるところだと思って下さい。
個人差もあるとは思いますが概ね約2〜3週間は見積もっておく必要があると思います。
ここ焦ってもいい事何もありませんので(笑)

で、私の場合なのですが。
主治医の先生も「99.99さんは相当シャープに反応しますね」と驚かれるほど感度がよく。

感じやすいんです…(^^;

ここに実際の数字(電圧)を書いてもいいのですが、STNの埋め込まれた部位等によってもかなり反応の仕方が違うようですので、予断の生じる恐れもありますので数値的なものは割愛させていただきます。具体的に知りたいという方は別途ご連絡いただければ個別にご説明させていただきますので。

一応今週の金曜日(明後日)が退院予定となっておりますが、調整は今後も外来受診で続きます。本当の意味でこの初期調整が済むには年内いっぱいくらいはかかると思っていいです。
それまでは定期的な診察と微調整が必要になりますので。


で、最後に私の現在の処方箋ですが・・・

ビビりますよ、マジで(笑)
衝撃的です!

↓↓↓こちらです↓↓↓
【術前の処方箋】
ECドパール 6.5錠(2時間おきに1日11回)
レキップ1㎎ 15錠(4時間おきに1日6回)
コムタン   8錠(毎食後・寝る前に1日4回)
シンメトレル 6錠(朝・昼食後1日2回)
マグミット  3錠(毎食後1日3回)
トレリーフ  2錠(朝食後1日1回)

【昨日の処方箋】
レキップCR2㎎錠 1錠(7時1回)
シンメトレル   3錠(7,13,19時1日3回)

以上です(笑)
Lドーパなし、アゴニスト朝一1回だけ!!
減薬っていうかこれは何なんざんしょ???って感じです(笑)

以上、術後編でございます。
99.99Mbps

category: 【DBS手術】

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Ⅱ 術中 

再入院は3月7日で手術の4日前になり、手術は予定通り3月10日に行われました。
3月7日から3月9日までの間は、MRIとCTが1回ずつあったほかは特に大きな検査はなく、血液検査、血圧、心電図、体温といったバイタルの測定が定時に入るくらいでやることはありません。


あ、そうそう!
ひとつ大事なことが(笑)


ボーズです(笑)
頭丸めますのでそのつもりで。


今回私は前回C大で入院した際に髪を切るのは知っていたので、入院の直前に地元の床屋で丸刈りにしていきましたが、通常であれば病院内の理髪店で切ることになると思います。直前に切ったほうが短いですしそっちの方がいいと思います。髪の毛って1日2日で結構伸びるんですよね。

髪が長いと手術で邪魔になる事は勿論ですし、手術後も切開した部分が塞がるまではガーゼしたり絆創膏したりというのがありますので、絆創膏がくっつかなくなっちゃうんですよね。なので抵抗ある人もいるかと思うんですけど、髪の毛なんかまたすぐ生えてきますので思い切ってばっさり言っておいた方が面倒がないと思います。

さて話を戻しますが、手術前日から断薬&断飲食が始まります。

前夜19時以降断薬
前夜21時以降断食
当日朝6時以降断飲(水もダメです)

で、8時から始まります。

まず、病棟から手術室に移動。
断薬していて動けませんのでこの移動はストレッチャーで移動します。
(ストレッチャーで運ばれると、いよいよ手術だなぁ感でますねっ!(笑))
手術室の入口で家族との最後の別れ。
もしかしたらこれが最後になるかもしれないと万感の思いを込めて…
などという雰囲気は全くなく「んじゃねー、頑張ってー♪」てな感じで終わり(笑)

そしていざ手術室へ。

ちょっと驚いたのは、手術室って1つだけじゃなくてたくさんあるんですね!
もっとも大病院だからというのはあるんでしょうけどね。
で、手術室が広い!
がらーんとした部屋の真ん中に何ルーメンあるのか知りませんが恐ろしく明るいライトが設置されていてその周辺にパラパラと機器やら道具屋らが無造作に置いてある感じです。
手術室に入ると、入院時からお世話になっている脳外科の主治医の先生がにこにこ笑いながら「緊張してる?」と普段の調子で声をかけてくださるのでかなり安心感がありましたし、術中も先生が経過を逐一教えて下さるので不安感のようなものはなかったです。

手術はまず頭部に電極を入れる処置を先に行い、そのあと胸部にバッテリーを埋め込む処置をします。
頭部の処置は局部麻酔で行いますので私の意識ははっきりしています。
これは最初私は局部麻酔と聞いたときギョッとしたのですが、実際には自分の頭が見えるわけではないですし、頭部は麻酔が効いていますので何も感じません。
ただし!ただしです!!1つだけ。
最初に極を入れるための穴を頭蓋骨にドリルで開けるのですが、これは振動がきますので結構ビビるかもしれません(笑)
自分の頭の骨にドリルがグリグリ入ってきて最後ズコッと貫通するのがはっきりわかりますので(笑)
そこだけですね、あとは痛いとか怖いとかまったくありませんでした。

頭部の極を入れたあとは胸のバッテリーになるのですが、この処置に入る前に全身麻酔が入りますので、自分自身が覚えている手術はここまでです。次目が覚めた時は手術は終わっていますので。


ですのでDBS手術はトータルで約6時間程度で終わります。
術後は麻酔が切れれば病棟に戻りますので、家族にも会えます。
ただし、当然起き上がったりする事は絶対に許されませんので一晩は絶対安静です。
切開したところが塞がってませんので万が一脳に空気でも入ってしまったらおおごとですし、それ以前に点滴やら酸素マスクやらいろんな門が繋がってますので、そもそも起き上がれませんので。

どちらかというと手術自体よりも私は術後この最初の晩のほうがきつかったです。
動けないというのはかなりの精神的な苦痛を伴いましたので。
翌朝すぐにCTを撮影して「問題なし」のお墨付きをもらうまでは起き上がれないというのは知っておいてください。

以上、今回は手術自体についてのログでした。
次回、術後の調整について記載します。
99.99Mbps

category: 【DBS手術】

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Ⅰ 術前 

昨年の夏に地元のC大に入院して行った術前評価の情報はすべてJ大のほうに渡しました。
これは、C大の方でMREやCTの画像などをすべてCD-ROMに焼いてもらい、このCD-ROMをJ大に提出する形で行いました。
ですので、今回J大病院ではすべての評価項目に必要な検査をやり直す必要はなく、追加補充的に必要な検査を行うだけで済みました。したがって、当然ですが入院期間も短く1月18日から6日間入院して術前評価を行いました。
追加で行った検査についてはMRIとCTがほとんどで、追加というよりは「直近の画像でないと意味をなさない」ものの撮り直しなのかなというものが多かったです。

そして最後はやっぱりやりました。恒例の「ドーパテスト」(笑)
やっぱりこれはJ大でもやりましたね。
て、いうかこれが一番大事みたいなところもあるみたいです。
と、いうことでまたまた当然のレポドパラマダン(>_<)
一晩断薬も半年ぶりの苦行ですね(笑)

ただ、翌朝のドーパミンなんですがまず完全オフ状態で検査項目を実施したあとオン状態にするためにドーパミンを入れるのですが、C大の時はこれを錠剤の経口服用で行い1時間後にテストという感じだったのですが、今回J大では点滴で行い30分後にテストという形で行ったのでかなり楽でした。やっぱり点滴でやったほうが確実に速く効きますね。

それでJ大での術前評価の結果ですが。
J大の方でも適用ありということで結論はまあ最初から出ていたようなものだったのですが、どちらかというとJ大の術前評価の目的は、適用あるなしの判断というよりは、適用ありなのは承知の上でその再確認と、施術した場合に想定されるリスクのチェックという目的が大きいのかなという感じを受けました。
主治医の先生の説明等も主にその点が重点的になってましたので、メッセージとしては「やれば効くのはほぼ間違いないですけど、リスクがない訳ではないですからその点はきちんと理解してくださいね」という感じでしたね。

と、いうことで2カ月待ちとなりますが、これでも最短でやっていただきました。
さすがJ大病院、1月の段階でもう3月まで手術の予定が埋まってるんですからね。

では次回術中編へ。
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使えなければ意味がない 

 さて、ではさっそく私のDBS手術詳細について書いていこうかな…と思ったのですがその前に。

突然ですがデュオドーパの話です。
昨年メディアでも大きく取り上げられて、次世代の新しい治療法と期待されたこのデュオドーパ。
レポドパを経口服用するのではなく小腸に直接注入することにより効果の即効性・安定性・確実性が期待された新しい治療方法なのですが、このデュオドーパについて少し思うところがありまして。

このブログの読者の皆様の中にも、インターネットなどで海外の電子機器やパソコンパーツなどを直販で買ったことがある方がいらっしゃるかと思いますが、こうした製品に付属してる製品マニュアル(仕様説明書)ってどんなものだったか覚えてますか?
おそらくは、日本語・英語・アラビア語・中国語などいくつかの言語圏に輸出する前提で同一の内容を複数の言語で記載したものを並記した極めて簡易的なものではなかったでしょうか?


ちなみにそもそそこんなもん見ますか?(笑)
だいたいは購入した製品を触りながら、「こりゃなんだ?ここ押すとどうなるんだ?ここ引っ張るとどうなるんだ?このボタンは何じゃい?」なんて感じで弄りながらどうなってるのか理解していくことの方が多いのではないでしょうか?
大体においてこの手のトリセツは「知りたいことだけは見事に記載していない」というのがマーフィの法則ですので(笑)


話しを元に戻します。


このデュオドーパという製品(敢えて製品と呼びます)を日本国内で販売する認可を受けたメーカーはアッヴィ合同会社という会社で医療用・医薬品の製造・販売を生業として2012年に設立された新興の医療品販売事業者です。
個人的な意見を言わせてもらうと、そもそもこの手の新興企業で実績のない会社に単独(寡占的)に認可を下ろすのであれば、メジャーに比して高いハードルを設定するなどプロダクトの安全性はもとより、ユーザーの利便性の確保なども含めた十分な企業としての信頼性を担保するべきだと思うのですが…。
まあ「役所」にそんなことを求めるのも無益なことであるのは言うまでもなく。


さらに厄介なのは、通常医療品・医薬品の販売先というのは医療機関である病院ですよね。
ところが、このデュオドーパを投与するときに使用する「CADD-Legacy1400」という吸引ポンプはどうやら患者が購入するもののようなんです。

わかりますか?
これが意味することが何か?

医療関係者であればまあそりゃなんとかなるでしょう。
医師であれば当然日頃からもっと高度で難解な機器を操作してるわけですし、看護士にしたって点滴の逆流弁の構造などを理解していれば類推的にどういう作りになっているかくらいはわかって操作してるはずですからね。
昔フランスのF1ドライバーでProfessorと呼ばれたA.プロストというドライバーがいましたが、彼はマシンに異常が生じると無線でピットクルーに「エンジンの左何番目のバルブの開閉がおかしい」とか「何番目のシリンダーが動いていない」などとエンジン音を聞いただけで察知し連絡し、事実その通りでホンダ・マクラーレンのピットクルーが唖然としたという逸話がありますが。
まあ、これはちょっと極端な例えですが、でも皆さん自分の車の調子が悪くなった時にどこに異常があるのかすぐに理解できるものでしょうか?私もそうですが、別に車の構造をすべて理解したうえで乗ってるわけではないですよね?


このデュオドーパを使用するのは患者です。
パーキンソン病の患者というのはただでさえ細かい動作や手先の作業を苦にします。
またこの疾患の罹患者の多くは高齢者です。
薬は365日毎日欠かさず必要です。
朝起きて目覚まし時計を止めるのと同じレベルで薬の投与作業をしなければなりません。
「慣れればできる」と言いますがその通りでしょう。
でも逆に言えば「慣れなければできない」んです。
この「慣れるまで」に患者にかかる負担にういて、どうも患者と医療機関の間にかなりの乖離があるのではないかという印象を受けたので記事にしてみました。


このログを読んでくれたみなさまも想像してみてください。
自分が60歳、70歳になったとき、体に弁当箱みたいな大きさの機械をぶら下げて、朝は何回、追加は何回と押すボタンと回数を間違えないように手順通り操作しなければならない心理的負荷と精神的重圧感を。

これが実用レベルといえますか?
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category: 【筆者雑感】

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事後報告になりますが・・・ 

昨年の夏にDBS手術をするための術前評価を目的とした2週間の入院をレポートしたのを最後に、ブログの更新が止まっておりました。
当初の予定ではあの後年末に手術を行い、今頃はすっかり終わっているはずだったのですが・・・

実はあの後事態が二転三転致しまして、結果だけ申し上げますと年末の手術は辞退して、年が明けた1月に仕切り直しで都内のJ大病院にて再度評価をしたうえで、今月3月にDBS手術を実施しまして現在術後の入院中という状況にあります。
手術の詳細については別途記事にしますが、今回は私自身に余裕がなくレポート風にDailyでログをアップするようなことができなかったことをお詫びしします。(当初はそうすると言っていたもので・・・)

また、今回の入院は手術を伴う入院であったため比較的入院期間が長期になったこと、日本におけるパーキンソン医療の研究と実績では最先端といっていいであろうJ大という場所であったこと、等々から私自身いろいろ勉強になったり驚いたりしたことも多かったので、今回はそれらについてもきちんと整理してログにあげてくつもりでいます。

最後に現在の私の術後の経過ですが、おかげさまで手術は何の問題もなく無事に終了し、経過も良好で現在は刺激の調整を行っている最中です。ちなみに、今まで服用していた薬の量との比較ですが、こちらについては退院時に処方された薬の量で記事にするつもりです。(現在はまだ刺激と薬の量を調整中のため)
ですが、薬については間違いなく私のケースでは「激減」します。
「激減」というのは半分とか3分の1とかいう生半可な減り方ではなく、レポドパとアゴニストは無くなるというくらいの衝撃的な減量になりそうな感じだという事だけ予告的にお伝えしておきます。

また、1月〜3月までの報道とピックについては退院後4月以降記事にしてまいりますので、そちらについてはしばらくお待ちください。

以上、簡単ですがログ更新再開しますという宣言だけ(自分自身に宣言(笑))
ブログ管理人 99.99Mbps

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