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パーキンソン病はこわくない

若年性パーキンソン病に罹患した筆者が綴る悲喜交々

永六輔さん…穏やかな最期、「大往生」肺炎のため死去83歳 

(スポーツ報知 2016.7.12掲載)

 放送作家として黎明(れいめい)期のテレビ界を支え、坂本九さんの名曲「上を向いて歩こう」の作詞などでも知られるタレントの永六輔(えい・ろくすけ、本名・永孝雄=えい・たかお)さんが7日午後1時57分、肺炎のため死去したことが11日、分かった。83歳だった。2010年にパーキンソン病と前立腺がんを発症。リハビリ生活の傍ら精力的に活動していたが、近年は体調を崩し、6月末には進行役を務めていたラジオ番組を終了したばかりだった。60年来の親交がある女優の黒柳徹子(82)は追悼コメントを出し、永さんと結婚話が出ていたことを明かした。

永さんの次女でフリーアナウンサーの永麻理さん(54)=元フジテレビ=がこの日、都内で会見。「すーっと眠るように、じゃあね、僕行くよという感じで、自由に逝きました」と明かした。6日の晩はアイスキャンディーを食べたり、話したりできたが、亡くなった7日は息が少しずつ弱くなったという。

 1月末に背中の圧迫骨折の手術をした時に入院し、4月19日に退院。以後は自宅療養し、麻理さんや姉の映画エッセイスト・千絵さん(57)が在宅看護したが、「ごえん性肺炎」を患うなど体力が低下していった。

 永さんは2月、背中の手術を機にパーソナリティーを務めるTBSラジオ「六輔七転八倒九十分」(月曜・後6時)を休養。回復状況が芳しくなく、6月27日で番組を終了していた。所属事務所は「お医者さまのお話ですと『死因は肺炎としますが老衰と言っていい状況です』というように穏やかな最期でした」と明かした。昨年12月、作家の野坂昭如さん(享年85)の告別式で葬儀委員長を務めたのが公の場に姿を見せた最後の機会だった。

 永さんは早大在学中、NHKのラジオ番組にコントを投稿したことをきっかけに、構成作家として活動。NHKの人気バラエティー「夢であいましょう」などの台本や「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」などの作詞で次々とヒットを飛ばした。自身もタレントとしてテレビやラジオに出演、浅田飴のCMでも知られた。1994年に執筆したエッセー「大往生」は、200万部を超えるベストセラーになった。

 2010年には筋肉が萎縮するパーキンソン病を公表。車椅子生活を余儀なくされた。前立腺がんや骨折、肺炎などで体調を崩し、容体が心配された14年3月にはトークショーに出演。ステージに上がるや「生きてます」と話して爆笑を誘い、「調子がいい時はどこも悪くなくてお医者さんも注目してる。僕はパーキンソンのキーパーソンなの」とユーモアたっぷりに語っていた。

 葬儀は11日、東京・浅草の永さんの実家の「最尊寺」で近親者のみで執り行われた。後日、お別れの会を開催するという。

<http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160711-OHT1T50319.html>

category: 【報道・記事】

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