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パーキンソン病はこわくない

若年性パーキンソン病に罹患した筆者が綴る悲喜交々

45歳でパーキンソン病に 伝説ロック歌手が語る壮絶闘病 

【日刊ゲンダイ 2017.5.10掲載】

若年性パーキンソン病のロック歌手、梅原達也さん(56)が8日、東京・高円寺のライブハウスに立ち、自ら立ち上げたバンド「PAUL POSITION」の復活ステージを飾った。
 梅原さんは80年代にメジャーデビューし、X―JAPANなどに多大な影響を及ぼした伝説的バンド「44マグナム」のボーカルとして知られる、中高年世代には懐かしいロッカーだ。それが手の震えなどで日常生活が送れなくなり、進行すると死に至る場合もある難病、パーキンソン病であると公表したのが2006年、45歳のときであった。
■「生きるとは音楽をやること」
「50歳で車いすか寝たきり」と宣告されながらも、通常の20倍もの薬を飲んでステージに立ち続けたが、その反動もあって症状が悪化。体の自由がきかなくなると、頭の中に電極を埋め込み、脳神経を制御する手術に踏み切った。2016年8月のことだ。梅原さんがこう言う。
「頭をボルトで固定して、局部麻酔で10時間もの手術を受けるときは、さすがに後悔しましたけれど、もう一度ステージで歌うにはそれ以外に選択肢はなかったんです。俺は歌うことしか知らないし、歌だけあれば十分。俺にとって生きるとは、音楽をやることで、音楽がなきゃ生きているとは言えないんです」
 1000人に1人とされる難病を発症した当初は「なぜ、俺が」と運命を恨み、トイレにも行けず、寝返りを打つことすらできなかったときは絶望し、うつにも苦しんだ。
「それでも最後の最後に諦めないでいられたのは、俺の病気を受け入れてくれる理解者がいてくれたから。頑張りたくても頑張れないのを分かってくれた。『動けるようになったらまた一緒にやろう』と言ってくれたバンドの仲間たちにどれだけ救われたことか……」
■病気は「調子に乗りすぎだ」と神様が与えた試練
手術で症状は改善したものの、体調は全盛期の50%ほどしか戻っていない。腹から歌えず、足がつったり、数年前から緑内障も患っている。
「そういう障害に、いちいち文句を言ってもはじまらない。やりたいように生きてきたし、今もやりたいようにやっているんだから全部受け入れてやろうと思ってます。とにかく、病気中心の生活から、音楽中心の生活にようやく戻れたのですから、文句はありません。ステージで目が合うと、仲間たちがうなずき、ほほ笑んでくれるのだから、それだけで最高ですよ」
 目指すは死ぬまでステージに立って歌い続ける「歌バカ」。今のバンドで全国ツアーをやったり、パーキンソン病のミュージシャンを集めてバンドを組んだり、故郷の沖縄での凱旋ライブといったプランが山ほどある。
「今思うと、パーキンソン病は『調子に乗りすぎだ。いい加減にして、人の基本に戻れ』と神様が与えてくれた試練。遅ればせながら、ようやく大人になれた気がします。今が出発点、すべてはここから」
 そう言って中年ロッカーは前を向いた。



<www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/204988/1>



category: 【報道・記事】

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