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パーキンソン病はこわくない

若年性パーキンソン病に罹患した筆者が綴る悲喜交々

初コメ頂きました! 

昨夜(厳密には今日の早朝)にFC2ブログに引っ越し後初のコメント頂きました(祝)

「何かあれば手伝うからね~」という内容の励ましのメッセージでして。
いやぁ~、本当に嬉しいですね。ありがとうございます。
ホント、このブログやっててよかったってつくづく思う瞬間です。

私、笑われちゃうかもしれないんですけど最初メッセージ受信のメールを見たんですね。
で「おっ!」って思って探したんですけどどこに書いてあるのか全然わからなくて(笑)

散々IDの方とかまで調べてどこにもなくてもう一度受信したメールの件名見たら【拍手】って書いてあるのに気づきようやくどこで確認するのか見つけました^^;

あと、うっかりしててツイッターのメールアドレスとかがまだ忍者のままだったのに気づき。
申し訳ありませんでした。修正しておきましたので。

早く機能を理解しないといかんなぁ…。

頑張ります!

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いよいよ産まれるっ! 

私がアメーバでブログをやっていた頃、同病にありながら2人のお子さんを育てる中での雑感を中心とした日記ブログをなさっている女性とお知り合いになりました。
この方は、私がこのブログを始めるに当たった際にも何かとアドバイスを下さった方で現在も時々ブログやメールなどで交流させていただいております。
年齢的なものを私が言うのはどうかと思いますが、私とさほど離れていない年下の女性で、もうすぐ3人目のお子様が産まれます。

いやー、まったく関係ないんですけど緊張しますね(笑)

ブログ等を拝見する限りにおいても順調なご様子で、本日ブログが更新されておりましたので拝見したところ数日内にはというところまで来ているようです。

もちろん男である私には推し量ることのできないことではありますが、懐妊から出産、その後の育児などの身体への負担を考えれば、他人には言えない難しい部分もあったことと思います。

そういったことを考えて「自分だったらできるかな?」などと思うにつけ、言葉では言い表せない感動というか心のざわめきを覚えます。

母子ともに元気に出産を終えられるよう、心よりお祈り申し上げます。

-母は強し-



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病気であることを告げる時 

さて、昨日に引き続き本日もお役立ち情報ありません(笑)
管理人のひとりごとになります。

私、いままでこの点きちんと考えたことがなかったのですが昨日ちょっとしたことがありまして考え込んでしまったもので。
同病の方であればみなさん同じような思いや経験があると思うのですが、どういう時に自分が病気であることを知ってもらうかっていうのが、よくよく考えてみると結構難しいんですね。つまり、どういう事情がある時に病気であることを告げる必要があるのか?ってことなんです。

「そんなの言う必要がなきゃ言わないし、必要があれば言うだけの話」
「極力周囲の人には知られたくない」
「別にやましい事してるわけじゃないんだから、知られたって別にどうということはない」

いろんな考えがあると思うんです。いろんな事情も。多分最終最後突き詰めていけば「ケースバイケース」って事になるんだと思います私も。ただ、これは重要な問題ですし、「ケースバイケース」では答えになっていませんので、もう少し感情的な部分と事情的な部分を分離して論理的に考えてみました。

まず、そもそも「知られたいか?」「知られたくないか?」というベクトルの向きでいえば、これはおそらくほぼほぼ間違いなく「知られたくない」と思います。もちろんベクトルの強弱はありますよ。「絶対に知られたくない」って人もいれば、「別に知られたってどうってことない」って人だっているでしょう。ただ、少なくとも「積極的に知ってほしい」というのは相当の理由がないと通常はまずないでしょう。ですので考え方の軸足の置き方としては「知ってもらう必要性がないのであれば言う必要はない」としてしまってよいと考えるべきでしょう。

では次に「知ってもらう必要がある」ケースと「知ってもらう必要がない」ケースの線引きはどこにあるのでしょうか?これ、極めて難しい問題だと思いませんか?ここをどう考えるかがポイントだと思うんですね。まず、一番簡単なのは明らかに知らせなければまずいケース、相手。例えば職場で仕事をしていく上では、上司の方には最低でも知っておいていただかないとまずいと思いますし、同僚の中でも同じ部署で一緒に仕事をしていくメンバーなどは、知っておいてもらう必要がある場合のほうが圧倒的に多いのではないでしょうか。その他婚姻の際のお相手のご両親、何らかの契約関係の前提条件として告知が義務付けられているようなケース(新規保険契約、資金融資契約等)なども告知の必要があるケースと言えますね。で、グレーゾーンが一番広いのが、全体からこの明らかに知ってもらう必要があるものを差し引いた残りの部分。この部分にあえて両端をつけるとすれば、片方の端は「全く知る必要はない」でもう片方の端は「知ってもらった方が好ましい」とでもなるんでしょうか。

それで、私の最終的な結論はこの最後の幅を持った部分のどこに線を引くかが各々の感情的なもので決まるんだと思います。人によっては「知る必要なし」の幅が非常に広い人もいるでしょうし、またその逆もあると思いますし。さらに、この線の位置は不変ではないんですね。変わっていくんです、その人の気持ちや考え方で。たとえばマイケル.J.フォックスも人気の絶頂にあった当初自分の病気を呪ったと言っていますが、その後の心の変化はご存知かと思いますし、アース・ウインド&ファイアーのモーリス・ホワイトも当初は「ストレス性のもの」と言い張り否定し続けましたが、最終的には自身の病名を公表して脱退しましたし。

私について言うとですね、今の考えでは「知ってもらった方が好ましい」の幅が圧倒的に広いです。つまり感情的には「知られても別に構わない」という気持ちのほうが強いです。
ただし一方で昨日思ったのは「告げることが結果的に相手に迷惑になることがあるのでは?」ってことなんです。自分はよくても、知ってしまったがゆえにへんに気を回したりとか、微妙に遠慮が生じたりとかさせてしまったりとかですね。
そういう事まで含めて考えたときに「知られたって別に構わんさ」と胸張ってるだけってのは、本当の意味で「勇気ある決断」ではないという事に気づいてですね。。。

難しいですね。

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to be or not to be ・・・ 

去年からずっと考えてるんですけどねぇ~。
DBSやろうかどうしようか。
悩みますよねぇ~。

こういう時って何が意思決定の決め手になるんですかね?

私は思うに考える上で重要となってくるのは、基本的には、

①現在の自分の症状(QOL)
②期待される効果とリスク
③ライフプランを踏まえたタイミング

だと思うんですよね。

まず当然の事ながら①現在の自分の症状(QOL)が最も大きな要因になると思うんですね。簡単に言ってしまえば「生活支障度」ですよね。薬による症状の軽減が、要求(必要と)する生活・活動の水準を維持できなくなってきているのであればやるべし、薬によってまがりなりにも日常生活が送れているのであればやる必要なしということになると思うんですよ。
これは一般的には①症状の日内変動と②ジスキネジアの程度が決め手となってくるかとは思います。薬を飲んでもONとOFFの差が大きく、かつONの時間が短すぎて1日の生活活動が成立しない、またはジスキネジアの出現でLドーバを服用することによる改善効果が十分に得られなくなってきている、というあたりのステージが問題が深刻化してくるあたりですからね。なので結果的にだいたいが発症後10年あたりでDBSを受けたり考えたりするケースが多いんでしょうね。
まずこの点から私の現在の状況を当て嵌めると、結論は「必要なし」なんです。
確かに以前に比べれば薬の効いている時間は短くなってきてはいますが、少なくとも薬が効いている時間帯はほぼ完全に普通と変わらない状態になりますので、外出したり運動したりといったことも別段支障はない程度ですので。また、先日の記事でも書きましたが、ジスキネジアについてもシンメトレルによって劇的に鎮静化しており「気を付けて観察でもしなければ気が付かない」程度まで落ち着いておりますので。
主治医の先生も最終的には医師が判断することではないと断った上で「現在の薬の量と今の症状からみれば、まだやる必要はない状態」との判断です。なので、今早急に受けるとか受けないとかを決断しなければならない状況ではないんですね。

次に②期待される効果とリスクですが、DBSは「Lドーパが有効に作用する人には効果がある」という点から言うと私は適応があるんですよ。これは事前の検査などをやればもうちょっと確度は高くなるのかもしれないのですが、おそらく改善が見込めるんですね。
で、一方のリスクについては、これはある意味意思決定の上では埋没要素だと思うんですね。たとえばこれが仮に生きるか死ぬか5分5分なんて手術なら話は別ですよ。そうじゃないですからね。重篤な合併症を引き起こした症例は1%に満たない手術ですから。たとえは悪いですけど、手術が無事済んで退院しようと病院から出たところで車に跳ねられて死ぬ可能性だってあるわけですから(笑)
さらに先日のセミナーの中でもありましたがDBSによる改善効果は「悪い状態」を軽減・底上げするのがメインで、しかもこの底上げ効果については5年10年と経過してもほとんど落ちないというデータが出てますので、この点から言えば「どうせやるなら早くやるにこしたことはない」ということになると思うんです。
ですので②の観点からすれば結論は一も二もなく「やるべし」です。

最後③ライフプランを踏まえたタイミングですが、これと①との兼ね合いなんでしょうね、多分最後は。
DBSは脳深部刺激「療法」であって「術」ではないですから、完治するわけではなく薬と同じで1つの治療方法に過ぎず病気の進行自体は止まりません。よく「だいたい5年前くらい」と言われますが、DBSによっていったん時計の針を戻す時間稼ぎなんですよね。であれば「残りの人生の考えた時に、どのタイミングでカードを切るか?」だと思うんです。
主治医の先生とは「生活基盤である生計から考えた場合には50歳前ぐらいまで薬で持ちこたえておいて、ここから10年DBSの改善効果でいって、うまくすれば60歳の定年まで仕事を続けていける」というのが1つの考え方ではないかということはお話しました。
ただ、別の視点で見た場合ですね。
たとえば子供。上が小4、下が小1ですので変な話一緒に遊んだりなんだりと父親が必要な時期って今だと思うんですよね。そうでもないのかな?私が50歳になれば大学・高校ですので、別に親父なんてもうどーでもいいですよね?(笑)
仕事にしたって今の状態より改善できるのであればもうちょっとできることだってありますので。
ですので③の観点からすると「やりたい」となるんですよ。

てなことを、どーどーめぐりしているだけの最近の悩みのお話でした。
特にお役立ち情報はございません。。。(汗)


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